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長崎地方裁判所 昭和31年(ワ)503号 判決 1961年11月29日

判  決

長崎県南松浦郡富江町富江郷二七六番

原告

田尾勇

右同所

原告

田尾イ子

右同所

原告

田尾久江

右原告ら訴訟代理人弁護士

古賀野茂見

同県同郡三井楽町二五七番地

参加人

田尾源蔵

右訴訟代理人弁護士

中村栄治

東京都千代田区丸の内一丁目四番地の一

被告

大洋漁業株式会社

右代表者代表取締役

中部悦良

右訴訟代理人弁護士

岩永運平

長崎県南松浦郡三井楽町浜の畔郷九〇二番地三

被告

三井楽町漁業協同組合

右代表者理事

浦米蔵

右当事者間の昭和三一年(ワ)第五〇三号利益金等請求事件、同三二年(ワ)第一九四号訴訟参加事件につき、当裁判所は、つぎのとおり判決する。

主文

一、被告大洋漁業株式会社は、原告田尾勇、田尾イ子に対し、それぞれ一、二三六、四〇八円ずつ、原告田尾久江に対し、五五六、一八一円、および右各金員に対する昭和三一年一二月一〇日から右各完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二、被告両名は原告田尾勇、田尾イ子に対し連帯して、一、二九七、六九〇円およびこれに対する昭和三一年一二月一〇日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三、参加人の被告大洋漁業株式会社に対する請求はこれを棄却する。

四、訴訟費用中本訴に関する部分は被告両名の負担、参加によつて生じた部分は参加人の負担とする。

五、この判決は、第一項につき、被告大洋漁業株式会社に対し、原告田尾勇、田尾イ子において各四〇万円、原告田尾久江において一八万円、第二項につき、被告両名に対し、原告田尾勇、田尾イ子において各四〇万円の担保をそれぞれ供するときは、確定前に右各項についてそれぞれ執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「主文第一、二項同旨および本訴に関する訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、つぎのとおり述べた。

一  原告らの被相続人田尾弥守は被告大洋漁業株式会社(以下単に被告会社と略称する)および被告三井楽町漁業協同組合(以下単に被告組合という)と共に昭和二六年に五定第二〇号共有漁業権(三井楽町高崎漁場)の免許を得て、右三者で共同経営をした。そして、右漁業権の免許期間は五カ年間で昭和三一年六月末日をもつて終了したのであるが、右三者の契約により、経営による純利益金は被告会社四〇%、被告組合二〇%、原告ら先代四〇%の割合で配分することとし、被告会社が計算して他の二者に支払うこと。右利益配分金中から若干を次年度の準備金として被告会社が保管すること。経営に必要な諸資材の持分も右利益配分の率と同率とすること、免許期間満了のときには速かに残存資材を評価し、爾後継続経営する者が連帯して経営から離脱した者に対し、持分相応の評価額を支払うこと等が取りきめられていた。

二  右弥守は、昭和三六年六月二〇日死亡し、原告三名がその相続人として一切の権利、義務を承継した。そこで、原告田尾勇、田尾イ子は、昭和三〇年一〇月二二日、長崎県知事に対し、右漁業権持分の移転登録を申請し、一一月二一日同知事から右登録換を許可された。したがつて、爾後昭和三一年六月末日までの右漁業権の持分は右原告両名が共有するに至つた。

他面漁業権行使を内容とする右弥守の締結した共同経営契約も、原告勇、イ子において被告らと別段の契約をなすことなく、右弥守の相続人であること、ならびに県知事からの持分承継について許可があつたことの結果、当然承継した。

したがつて、右弥守死亡時である昭和三〇年六月二〇日までの同人の利益配分請求権は、原告ら三名がそれぞれ三分の一ずつ相続により承継したものであり、昭和三一年度経営(昭和三〇年一一月頃始まり翌三一年六月頃終る)による利益配分請求権は原告勇、イ子に帰属するものである。さらに、残存資材の持分相応の評価額請求権は右弥守の漁業権の持分を承継して、最終年度の共同経営の契約当事者であつた原告勇、イ子に帰属するに至つたのである。

三  右の結果として、原告らの請求金額はつぎのとおりである。

(一)  前記三者共同経営により昭和二九年度分の右弥守の受くべき利益配分金額は同年一〇月二七日現在で一、〇〇六、三六四円である。そして右金員のうち、右弥守は昭和三〇年四月九日、五〇万円を受領しているので、その残額は五〇六、三七四円でこれが次年度に繰越された。さらに、昭和三〇年度分の右弥守の受くべき利益配分金は同年六月二〇日現在で三、二三二、一七九円である。よつて右二口合計額は三、七三八、五四三円で、これが昭和三〇年六月二〇日現在における右弥守の被告会社に対する債権であり、且つ同日右弥守死亡により原告らが相続により取得した金額である。これに対し、原告らは被告会社より昭和三〇年八月一五日から昭和三一年三月三一日までの間に合計二〇七万円を受領し、これを税金に充当した。よつて被告会社には原告らに支払うべき金額として、右入金額を控除した残額一、六六八、五四三円が残存している。したがつて、原告ら三名は被告会社に対し、昭和三〇年度までの分についてこの額を三等分した五五六、一八一円ずつの利益配分金請求権を有する。

つぎに、昭和三〇年一一月二一日、漁業権の共有者となつた原告勇、イ子の昭和三一年度分の受くべき利益金は一、七一〇、四五四円である。これに対し、右原告両名は、被告会社より昭和三一年七月三〇日一五万円、同年一一月一二日二〇万円合計三五万円を受領したにすぎないので、残金一、三六〇、四五四円が存していることになる。よつて、右原告両名は被告会社に対し、その半額六八〇、二二七円ずつの債権を有する。

そうすると、被告会社に対する原告勇、イ子の各債権額は右二口合計一、二三六、四〇八円ずつであり、また原告田尾久江の債権額は右五五六、一八一円である。

(二)  そして、前記漁業権は、昭和三一年六月末日をもつて免許期間が満了し、その後被告両名が免許を得て経営するに至つた。そこで、被告両名は、前記第一項記載の約定に基いて、残存資材を評価し、その価格の四〇%を、右漁業経営から脱退した原告勇、イ子に対し、連帯して支払うべき義務がある。そして、右免許期間終了時の残存資材評価額はすくなくとも三、二四四、二二九円を下らない。よつて被告らは原告勇、イ子に対し連帯してその四〇%にあたる一、二九七、六九〇円(一〇未満切拾)を支払うべき義務がある。

(三)  なお、被告らは原告らに対し前記金員の支払義務あるところ、被告らは、昭和三一年一二月七、八日、前記共同経営の最終年度の残存資材評価額(昭和三一年八月三一日現在)を計算の上三、二四四、二二九円と決定している点と前述の三者共同経営契約の約定に照らし、前記金員の履行期は遅くとも昭和三一年一二月八日といわねばならない。

四  以上の理由から、被告会社は原告勇、イ子に対し、それぞれ一、二三六、四〇八円ずつ、原告久江に対し、五五六、一八一円、および右各金員に対する右弁済期の到来後たる昭和三一年一二月一〇日より各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。また被告両名は原告勇、イ子に対し連帯して、一、二九七、六九〇円およびこれに対する昭和三一年一二月一〇日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よつて、原告らは、主文第一、二項とおりの判決を求める。

つぎに、参加人の請求に対して、「参加人の請求を棄却する。参加によつて生じた費用は参加人の負担とする。」との判決を求め、答弁として、「参加人の主張事実中、原告らの主張にそう事実のみ認め、その他は争う。」と述べ、参加人および被告会社の主張に対し、つぎのとおり反論した。

(一)  原告勇、または原告勇ならびにイ子と参加人、訴外田尾五太郎間に、昭和三〇年七月一五日、内部的(被告らとは別個)に契約の締結されたことはある。しかし右契約は、(イ)参加人、五太郎が原告らに原告らは共有漁業権を相続し得ない旨虚構の事実を述べ、原告勇、イ子を誤信させた上五太郎が単独で作成し、これに同原告らの印の押捺を得た書面に基くものであり、(ロ)内容的に参加人主張の趣旨と異り、(ハ)弥守の相続人全員とでなくその一部と参加人、右五太郎間に約定されたものであつた。そこで、原告勇、イ子は、右契約の成立が錯誤に基くものであつたので、昭和三一年八月三日頃参加人、五太郎に到達の同日付内容証明郵便をもつて、右契約を取り消したのである。すなわち、右契約は内部的なものにすぎないのみならず、もはや取消されたのであるから、これに反する参加人の主張は採用し得ない。

(二)  かりに、参加人と五太郎が本件漁業経営権の共有者であるとしても、右両名はもとより弥守の相続人ではない。その相続関係はすでに述べたとおりであり、右免許期間に被告らと共同経営をした弥守の持分を承継した原告勇、イ子が右免許期間の満了と共に右経営から離脱した事実に変りはない。

よつて、被告らは、右共同経営契約の約旨に従い、原告勇、イ子に対し連帯して残存資材評価額の四〇%を支払うべき義務がある。

(三)  参加人は、被告会社と共に、漁業権と経営権とは別個独立の権利である旨主張する。しかし、漁業権者が経営する資格を持つのが漁業法の建前である。本件においても漁業権者が経営に当つてきているのである。参加人が経営に参加したとすれば、それは弥守ないし原告勇、イ子の代行者としてであり、同人らの漁業権を離れて参加人の経営関与は考えられない。すなわち、参加人の経営関与は弥守、原告勇、イ子の共有漁業権の持分権に由来するものにほかならず、これを離れて参加人ら主張の参加人固有の漁業経営権は存在しない。弥守の死後、被告らと参加人間に漁業共同経営契約が別個に締結された事実もない。この点からしても、参加人に独自の漁業経営権はない。

(四)  被告会社の仮定抗弁事実中、被告会社がその主張の金員を参加人に対して支払つたことは認めるが、被告会社の参加人に対する支払をもつて原告勇、イ子に対する弁済である旨の主張は争う。それは、従来右弥守に対してのみ被告会社から弁済しており、弥守から被告会社に対し参加人への支払を禁止していたこと、右弥守死亡により原告らが相続したこと、およびこのことを被告会社も右死亡直後から知悉していたことが明らかであり、したがつて参加人に対する支払は原告らに対する弁済の効力がないからである。

参加代理人は、「一、本訴被告大洋漁業株式会社は参加原告に対し、一、四五八、九九七円の支払をせよ。二、訴訟費用中参加により生じた費用は参加被告(本訴原告)らの負担とする。」との判決を求め、答弁ならびにその請求の原因として、つぎのとおり述べた。

(認否)

一  原告らの主張事実中、一の事実ならびに訴外田尾弥守が昭和三〇年六月二〇日死亡し、原告ら三名が共同相続をしたことは認めるが、その他は争う。

(参加人の反対主張)

二  被告会社に保管してある一、四五八、九九七円および原告勇、イ子の持分に応じた資材評価額一、二九七、六九〇円について、原告らが被告らに対し、支払請求をするのは不当である。その理由の大要はつぎのとおりである。

(一)  右被告会社保管の金員は、原告らの先代田尾弥守が残したものであるが、原告らの相続財産ではない。すなわち、

(イ)  右弥守は昭和二六年以降病気のため本件漁場経営の実権を参加人に委ねるに至つた。

(ロ)  経営に参加して実質的に経営主体としての立場にあつた者は、それによつて得た利益に対し、当然その配分の請求をなし得べきである。本件漁場は、昭和二六年一〇月以降漁業権者田尾弥守に代り実質的に参加人が経営し来たつたのである。したがつて、本件利益配分請求権は参加人において直接行使し得るものである。

(ハ)  弥守も生前、被告会社の保管金、資材はすべて参加人に帰属せしめる意思を有していた。

(ニ)  原告勇、イ子は前述の事情を十分知つて、昭和三〇年七月一五日、参加人に対し、本件漁場経営に関する権限一切を信託する旨約定したのである。原告勇、イ子は漁業自営の意思なく、形式的に本件漁業権を相続したにすぎない。右漁業権は経営の裏付けのない現行漁業法上認められないいわば空権にすぎない。

(参加人の請求原因ならびに原告らの主張に対する反対主張)

一  被告会社の保管にかかる被告らと右弥守(弥守が昭和三〇年六月二〇日死亡したのち参加人が経営主体者として経営した分を含む)との間において生じた利益金一、四五八、九九七円については、参加人のみが被告会社に対し、右利益金の支払を請求し得るべき権利を有する。

二  その理由は以下のとおりである。

(一)  参加人の兄弥守は生前三〇年近く本件漁場において単独もしくは被告会社との共同で漁業経営に従事し来つたが、参加人は弥守と協働して漁業に従事した。ことに弥守が被告両名と三者共同経営契約を締結し、共有漁業権の免許期間(昭和二六年以降昭和三一年六月末日まで)中は、病弱の弥守から漁業経営上の権限一切を委託され、その任務に挺身した。それ故本件漁業経営から生じた財産は弥守と参加人との共有というべく、その利益配分請求権は参加人固有の権利として、参加人のみが直接行使し得る。

(二)  右弥守の死亡後、昭和三〇年七月一五日、参加人、原告勇、イ子、訴外田尾五太郎(参加人の兄で弥守の弟)が協議の結果、弥守の意志を継承して本件漁場経営に万全を期し、参加人を経営主体とし、他はこれに協力することとし、同日付契約書(丙第一号証)をもつて、「参加人を経営代表者とし、内は経営上の資金、運用、計画の立案実施等を主導し、外は被告らとの決算事項その他の折衝、処理にあたる。原告勇、イ子は経営に協力する。五太郎は経営に参加し渉外事項を担当する。経営上の基本問題は協議により決する。純益は約半分を経営資金に積立て残額を参加人四〇%、その他は各二〇%の比率で配分する。これは三者間(被告らと田尾)に精算の時期に参加人受領後配分する。不漁、不測の事態による損失については参加人、五太郎がその責に任ずる。昭和二六年一〇月一日付弥守と参加人間の代理委任に対する報酬額を内容とした契約書は本契約と同時に無効とする。」こと等を約定し、右契約書は被告らに届出て、昭和三〇年八月一六日頃いずれもその同意を得た。なお、前記免許期間終了後は、参加人は被告らと本件漁場の共同経営を継続している。

右の次第で、本件漁業経営の主体者ではない原告らが、本件漁場より生じた利益金の請求もしくは残存資材評価額の払戻請求を、被告会社または被告らに対してなし得べき筋合ではなく、右丙第一号証の契約によつても、本件利益金配分請求権の行使は直接参加人においてのみ許さるべきである。

(三)  そして、被告会社は、現に利益金一、四五八、九九七円を保管し、現在その支払時期が到来したものと認められるので、参加人は被告会社に対し、右利益金の支払を求め得るものというべく、原告らにおいて直接右利益金を請求し得るものではない。

被告会社訴訟代理人は、原告らの請求に対し、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。

(認否)

一  原告らの主張事実のうち、一は認める。二のうち、原告らの先代田尾弥守が死亡したことは認めるが、その他は争う。三のうち原告ら主張の残存資材の評価額がその主張のとおりであることは認めるが、その他は争う。四は争う。

(被告会社の主張)

二  原告ら主張の被告両名に対する本件金員の請求権は参加人に帰属し、原告らにおいてこれを取得するいわれはない。したがつて、被告会社は原告らに対し、本件金員の支払義務を有しない。その理由は左記のとおりである。

(一)  本件五定第二〇号共有漁業権者たる田尾弥守が昭和三〇年六月二〇日に死亡したのち、右漁業経営権を承継した者は、参加人、原告勇、訴外田尾五太郎の三名である。そして右三者の漁業経営権の代表者は参加人である。すなわち、参加人は、昭和三〇年七月一五日、被告らに対し、経営代表者として書面をもつて右の旨を通告しているのみならず、同日付をもつて、長崎県知事に対し漁業法第二八条に基き届出をし、被告会社は、昭和三〇年七月一五日以降、参加人、原告勇、右五太郎の三者をもつて、右弥守の承継人すなわち前記漁業共同経営契約の承継人であると認めてきたのである。

(二)  参加人、原告勇、五太郎の三者間には、昭和三〇年七月一五日付契約をもつて「(一)参加人を経営代表者とし、経営上の一切の権限を信託する。(二)原告勇、右五太郎は参加人を主体とする、経営に協力参加する。(三)経営上の細則は三者間で定める。」旨の取りきめがなされている。

(三)  本来漁業権と漁業経営権とは別個の権利である。すなわち、漁業権者が自ら経営する場合があり、また漁業権を他に賃貸して賃借人が経営する場合があり、あるいは、両者が共同して経営する場合等があるが、要するに、漁業権は行政官庁の免許により設定される権利であり、経営権は当事者の契約に基き取得する権利にほかならない。

(四)  本件において、漁業経営権は、右弥守死亡後参加人、原告勇、五太郎の三者が承継し、そのうち参加人が右経営代表者と定められたことは前記のとおりであつて、原告らがかりに本件共有漁業業を取得したとしても、同時に漁業経営の権利をもあわせ取得したものとは解し得ない。

(五)  本件漁場から生じた利益の分配は、当然当事者間の漁業経営契約に基いてなさるべく、右分配における被告らの相手方は、前記契約により参加人、原告勇、五太郎の三者であるといわねばならない。したがつて、たとえ原告らが本件共有漁業権を承継したとしても、漁業経営権を取得したものと認められない以上、原告らにおいて、直接被告会社に対して右利益金の配分を請求すべき筋合ではない。

(六)  また原告勇、イ子において、前記経営代表者たる参加人をさしおき、直接被告らに対し、残存資材評価額の配分請求をすることも許されない。

(仮定抗弁)

三  かりに、原告ら主張のごとく、本件金員の請求権者は原告勇、イ子の両名であり、参加人が右両名の本件漁業経営についての委任による代理人であつたとするならば、被告会社は右原告らの代理人たる参加人に対し、本件金員の内金として、昭和三一年九月七日に五万円、同月一三日に四〇万円、同年一〇月一三日に五万円、同年一一月一七日に五万円、同年一二月一九日二〇万円をそれぞれ支払ずみである。したがつて原告勇、イ子の本訴請求は右合計金七五万円の限度においては失当として棄却を免れないものといわねばならない。

さらに、参加人の請求に対し、請求棄却の判決を求め、答弁として、「参加人主張の請求原因事実は全部認める。」と述べた。

被告組合代表者は、原告らの請求に対し、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告らの主張事実のうち一は認める。二のうち、原告田尾勇、イ子が昭和三〇年一〇月二二日長崎県知事に対して原告ら主張の漁業権持分の移転登録を申請し、同年一一月二一日同知事から右登録換を許可され、爾後昭和三一年六月末日までの漁業権の持分が右原告両名の共有となつたことは認めるが、その他は争う。三のうち右漁業権の免許期間が昭和三一年六月末日をもつて満了したのちは、被告らが右免許を得て経営するに至つたことは認めるが、その他は争う。四は争う。」と述べ、参加人の請求に対し、「参加人の請求を棄却する。」との判決を求め、参加人主張の請求原因事実についてはなんらの答弁をもしない。

(証拠関係)《省略》

理由

一  原告らの被相続人田尾弥守の生前における本件漁業(俗称三井楽町高崎漁場)の支配関係につきまず考察する。

右弥守と被告両名が昭和二六年に長崎県知事から本件漁場につき「五定第二〇号共有漁業権」の免許を得て、本件漁場の定置漁業権について共有関係が発生したこと、右三者間で右免許期間満了の日たる昭和三一年六月末日まで漁業共同経営の契約を締結し、その契約内容として、右三名の持分ならびに純利益の配分率が弥守四〇%、被告会社四〇%、被告組合二〇%で、右計算は被告会社がして他の二者に支払うこと、したがつて、経営に必要な諸資材の持分も右利益配分率と同率であること、右利益配分金中から若干を次年度の準備金として被告会社が保管すること、前記免許期間満了のときにはすみやかに残存資材を評価すること、もし次期の経営から脱退する者がある場合には、引続いて経営する者が右脱退者に対し連帯して残存資材につきその評価額の脱退者の持分相応額を支払うこと等が約定されたことは各当事者間に争いがない。(証拠)を総合すれば、右弥守の生前においては、前記三名の五定第二〇号共有漁業権の行使は、右三者共同経営契約に基いて円滑に実施され、右三者協調して右契約に基き本件漁場経営がなされてきたこと、参加人(右弥守の実弟、弥守が長男、参加人が四男)は当初から弥守のもとで漁業に従事し、右三者の共同経費の一部から参加人に対する賃金が支給されていたこと、昭和二七年一〇月一日、その頃から弥守が病弱であつたので、弥守は前記共有漁業権に基き、右権利行使の代行者として、右共同経営につき弥守の持分比率に応じ経営上の諸決定をなす一切の権限を参加人に委任したこと、なお、弥守と参加人間には昭和二六年一〇月一日付で、参加人の代理権行使につき弥守の持分一〇〇分の四〇より生ずる純取得額の一〇〇分の一五を報酬として弥守より参加人に与える旨の報酬契約がなされたが、現実には、弥守は、つぎの免許権獲得の経費等にあてるため、右報酬は支給していなかつたこと、右報酬契約については被告らにも通知していない内輪の取りきめであつたことが認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。

以上の事実関係(各当事者間に争いなき事実ならびに右認定事実)に徴すれば、弥守の生前における本件漁場の支配は、弥守、被告両名が本件定置漁業権を共有し、右三者間に民法上の組合に該当する漁業共同経営契約が締結され、右契約に従いその漁業権に基く本件漁場支配がなされていたものというべきである。

二  つぎに弥守の死亡と本件漁場支配における原告らおよび参加人の法律的地位について考察する。

(証拠)によれば、右弥守が昭和三〇年六月二〇日死亡し、原告らにおいて共同相続(各原告の相続分はいずれも三分の一)をしたことが認められ、これに反する証拠はない。

そして、前記三者共同経営契約は民法上の組合に該当するところ、民法第六七九条は死亡をもつて組合員脱退の事由と定めているが、右規定の性質上当事者の反対の意思を禁ずる趣旨ではないと解すべきであるが、前記三者共同経営契約についてこれをみるに、定置漁業権については免許期間は五年(漁業法第二一条)と法定されており、定員漁業権の譲渡性の原則的禁止の例外としてその相続による承継取得が明定されていること(同法第二七条、第二八条)、免許期間が満了のとき、残存資材を評価し、次期の経営から脱退する者に対し、残留経営者において連帯して、残存資材の評価額につき脱退者の持分相応額を支払う旨の特約が本件共同経営に存することと(証拠)を総合すれば、法定免許期間中における弥守の死亡をもつて組合員脱退事由とはなさず、右期間満了に至るまで、相続人をして組合員たる地位および権利を承継させる旨の黙示的合意が存在したものと認めるのが相当であり、これをくつがえすに足りる証拠はない。

右認定事実と(証拠)を総合すれば、原告らは、昭和三〇年六月二〇日、右弥守の死亡により相続人として右弥守の共有漁業権の物権的持分を含めて前記三者漁業共同経営における組合員としての地位および権利を承継すべきところ、原告田尾勇、田尾イ子の両名は、昭和三〇年一〇月二二日、法定の権利取得の日から二カ月以内に、長崎県知事に対し、右両名において右弥守の五定第二〇号共有漁業権持分の相続による取得を原因として移転登録を申請し、同年一一月二一日、同知事より右登録換を許可されたこと、原告久江(原告勇の妻)は右法定期間内に右権利の申告をせず、弥守の死後、同人の定置漁業権の物権的持分を放棄し(定置漁業権は一般の財産権と同様漁業権者は原則として放棄し得るものと解する。)、昭和三〇年六月二〇日以降の前記三者漁業共同経営における組合員たる地位をも放棄したこと、換言すれば原告田尾勇、イ子は弥守の定置漁業権の持分権、前記組合員たる地位および権利を相続により承継取得したものであること、原告久江は昭和三〇年六月二〇日右弥守の死亡前に具体的に発生した右弥守の組合員たる権利に基く財産上の請求権のみを右相続により承継取得したものであることが認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。

しかるに、参加人は、「被告会社に保管してある一、四五八、九九七円および資材評価額一、二九七、六九〇円については、被告らにおいて被告らに対してその支払請求をするのは失当である。右金員は原告らの主張するような相続財産ではなく、昭和二六年以降本件漁場経営の実権を委ねられ、その利益を造出した参加人にこそ配分さるべきものである。」旨主張するけれども、弥守生前における本件漁場の支配関係については前認定のとおりであり、参加人は昭和二七年一〇月一日頃より弥守の前記共有漁業権行使を代行した事実が認められるとしても、参加人における右労務の提供は弥守の委任に基いてしたものであつて、もとより参加人固有の漁業経営権の行使と目すべきものではなく、弥守の本件漁業持分権に基くものであると解すべく、右持分権行使から生じた利益は前記三者共同経営契約に基いて弥守に配分さるべき筋合であり、参加人は弥守より委任事務処理による報酬を求め得るとしても、直接参加人に右利益金が帰属すべきいわれはなく、参加人の主張は失当であつて排斥を免れない。また前認定に反する被告会社の主張も採用しがたい。

さらに、参加人、被告会社は、昭和三〇年七月一五日付契約書を根拠として、右弥守の共有漁業権に基く本件漁場経営に関し、「参加人が経営代表者として本件漁場経営に関する一切の権限を掌握する。原告田尾勇、同イ子、訴外田尾五太郎は参加人に協力する。その純益配分率を参加人四〇%、他の三名は各二〇%と定める。右利益金は参加人において直接受領したのち、右原告両名、五太郎に配分する等の取りきめがなされ、原告ら主張の本件利益金配分請求権は参加人においてのみ、その漁業経営権に基いて直接行使し得る旨主張する。なるほど、丙第一号証には、参加人主張のごとく参加人を経営主体とする旨、その利益配分の割合に関することとなどの記載があるけれども、弥守生前における前記三者共同経営契約、前認定の本件漁場の支配関係に(証拠)をあわせ考えると、昭和三〇年七月一五日、原告勇、イ子、参加人、右五太郎間において作成された契約書は、弥守、被告両名間の三者共同経営契約を変更する趣旨のものではなく、弥守の本件漁場に関する漁業権の持分について前認定の承継取得者たる原告勇、イ子がその持分権に基いて本件漁場経営の代行者として、参加人に経営を委任し、右五太郎も右経営に参与することとし、前認定のごとく原告勇、イ子が、弥守の死後、被告らとの共同経営契約により組合員たる地位に基いて請求し得るその利益金配分請求権を行使し得た範囲内でその純益の配分を参加人主張のごとき配分率で行うべきことを定めた契約であり、もとより右契約は、これにより本件漁業権の内容たる免許期間を延長し(漁業権の変更となる)、あるいは本件漁場に関する原告らの利益配分請求権の直接行使を禁止するごとき主旨のものではないと認定するのが相当である。(中略)他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。

かりに、参加人主張のごとく、右昭和三〇年七月一五日付契約書に基いて原告勇、イ子と参加人との間に、参加人がなんら漁業権を有せずして、右原告らの定置漁業共有権に基かない別個独立のいわゆる漁業経営権を取得し、参加人のみが直接利益配分請求権を行使し得るような趣旨において共同経営契約が締結されたとしたならば、かかる共同経営の形態は漁業法の精神に相背馳することとなり、当事者の合理的な意思解釈にも相反するものといわねばならないであろう。なぜならば、定置漁業においては、漁業権の譲渡性は原則としてなく(漁業法二七条、二八条)、漁業権の貸付は禁止され(同法第三〇条)、もとより漁業権に基かない定置漁業を営むことは許されない。そして漁業権の取得、変更には設権的行政処分たる行政官庁の免許を必要とし(第一〇条、条二二条)、免許がその効力発生要件であると解しなくてはならない。而して参加人自身が本件漁場に関する漁業権自体を有するものでないことは弁論の全趣旨により明らかである。しかるに、このように漁業権者でない参加人において、右原告らの共有漁業権に基かない漁場管理をなし、その収益を直接取得してこれを漁業権者たる原告らに配分するがごとき共同経営の形態は、さきに述べたとおり、定置漁業権を原則として漁業権者固有のものとし、漁業権者に対しては自らの意思で経営することを期待し、かつての漁業を営む利益を保護する建前を採る漁業法の精神に違背するものと解しなくてはならないからである。

してみれば、前認定に反する参加人、被告会社の右主張は、爾余の争点につき立ち入つて判断するまでもなく失当であり、とうてい採用し得ない。

また、参加人および被告会社は、参加人が原告勇、イ子の漁業共有権とは別個独立の漁業経営権を有するものとして、すなわち参加人固有の権利として、本件漁場の利益配分請求権のみならず資材評価額一、二九七、六八九円の請求権をも直接行使し得る旨主張するけれども、本件漁場支配における参加人の法律的地位は弥守ないし相続人たる原告勇、イ子の共有漁業権行使の権限を委任代理する立場(法的地位)にほかならないことはさきに説示したとおりであるから、参加人らの右主張もまた失当である。右原告らの利益配分請求権ないし持分に応じた残存資材評価額請求権の直接行使を妨げる根拠は全く存在しないのである。

なお、全証拠によるも前認定の昭和三〇年七月一五日付委任契約は原告ら主張のごとく要素の錯誤により無効とは認めがたいが、(証拠)ならびに弁論の全趣旨によれば、昭和二六年九月一日免許の本件定置網漁業権の最終年度事業はすでに終了し、原告勇、イ子両名は昭和三一年八月六日頃到達の同日付内容証明郵便をもつて参加人に対し、前認定の昭和三〇年七月一五日付委任契約取消の意思表示をなし、これにより右契約は完全に取消されたものと認められ、これをくつがえすに足りる証拠はないので、参加人において、被告会社の仮定抗弁のごとく被告会社よりその主張の金員を昭和三一年九月以降受領したとしても、参加人の右原告らの代理人たる法的地位は前認定のとおりこれよりさきすでに失われているのであり、且つ又被告会社も右事実を昭和三一年八月頃すでに知悉していたものであることは明らかであるから、すでにこの点において、被告会社の右支払は、同原告らに対し弁済としての効力を有するものではない。それ故被告会社の仮定抗弁もまた失当である。

以上の理由から参加人、被告会社の前記主張は全部失当であり、参加人の本訴請求は理由がないのでこれを棄却するほかはない。

三  そこで進んで、原告らの本訴請求金額につき判断する。

(一)  原告らの利益配分請求金額

前記三者共同経営契約により昭和二九年度分の右弥守の受けるべき本件漁場の利益配分金残額は(証拠)によれば、同年一〇月二七日現在で一、〇〇六、三六四円であり、帳簿上次期繰越とされていることが認められるところ(これに反する証拠はない)、右金員のうち右弥守が昭和三〇年四月九日五〇万円を受領していることは原告らにおいて自認するので、五〇六、三六四が次年度に繰趣されたというべきである。さらに、昭和三〇年度分の右弥守生前(昭和三〇年六月二〇日まで)において同人の受くべき利益配分金は、(証拠)によれば、三二三二、一七九円であることが明らかであり(これに反する証拠はない)、右二口合計三、七三八、五四三円が昭和三〇年六月二〇日現在における右弥守の利益配分請求金であり、同日右弥守の死亡により原告らが共同相続をした金額である。右金員のうち原告らが昭和三〇年八月一五日から昭和三一年三月三一日までの間に合計二〇七万円の支払を被告会社より受けたことは、原告らにおいて自認するところであるから、前記三者共同経営契約により、被告会社は原告らに対してそれぞれ右三、七三八、五四三円から二〇七万円を控除した金額の三分の一(各原告の相続分)たる五五六、一八一円ずつを支払うべき義務がある。

つぎに、昭和三〇年一一月二一日、右弥守の本件共有漁業権の持分権移転登録を了した原告勇、同イ子の昭和三一年度分として受くべき利益配分金は(証拠)によれば、昭和三一年六月二〇日現在で一、七一〇、四五四円であることが明らかであり、(これに反する証拠はない)、右原告両名において、右金員のうち被告会社から合計三五万円を受領したことは自認するところであるから、残金一、三六〇、四五四円が残存するものというべきである。それ故前記三者共同経営契約により被告会社は右原告両名に対しそれぞれその二分の一たる六八〇、二二七円ずつを支払うべき義務がある。

したがつて、原告勇、同イ子は、被告会社に対し、それぞれ前記二口の債権合計一、二三六、四〇八円の支払を求める利益配分請求権がある。また原告久江は被告会社に対し、右五五六、一八一円の支払を求める利益配分請求権を有する。

(二)  原告勇、同イ子の脱退による残存資材評価額取戻請求金額

弥守、被告両名の本件共有漁業権の免許期間が昭和三一年六月末日をもつて終了したことは各当事者間に争いがない。(証拠)を総合すれば、原告勇、イ子の承継した本件共有漁業権の免許期間が昭和三一年六月末日限り終了したことにより、右原告両名は右共同経営契約(民法上の組合にあたる)から脱退し、そのごは被告らが本件漁場につき共有漁業権の新免許を得て、本件漁場経営がなされるに至つたことが認められ、これをくつがえすに足りる証拠はない。したがつて、被告らは、前記三者共同経営契約に基き、残存資材を評価して、右評価額の四〇%を右原告両名に対し連帯して支払うべき義務がある。そして右免許期間満了時における残存資材評価額が三、二四四、二二九円であることは、原告らと被告会社との間において争いがなく、原告らと参加人、被告組合との間においては成立に争いのない乙第一〇号証によりこれを認めることができ、これに反する証拠はない。

してみれば、原告勇、イ子は被告らに対し、連帯して右三、二四四、二二九円の四〇%にあたる一、二九七、六九〇円(ただし一〇円未満切捨)の残存資材評価額につき持分払戻請求権を有するものというべきである。

(三)  前記(証拠)と前記三者共同経営契約とをあわせて考えると、被告らが原告らに対し連帯して支払うべき前記各金員の弁済期は、遅くとも、前認定のごとく原告らがすでに前記三者共同経営契約から脱退したのちであり、且つ昭和三一年八月三一日現在の残存資材評価額が被告ら間で参加人立会のもとに決定された日(同年一二月七、八日)のあとである同年一二月九日であることは明らかである。

四  以上の次第で、被告会社は、原告勇、イ子に対し、それぞれ一、二三六、四〇八円ずつ、原告久江に対し五五六、一八一円、およびそれぞれ右金員に対する弁済期の到来後である昭和三一年一二月一〇日から右各完済まで民事法定利率たる年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。また被告両名は原告勇、イ子に対し連帯して一、二九七、六九〇円およびこれに対する弁済期の到来後である昭和三一年一二月一〇日から右完済まで民事法定利率五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

五  よつて、原告らの本訴請求はいずれも正当であるのでこれを認容し、参加人の本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九三条、第八九条、第九四条仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

長崎地方裁判所第二民事部

裁判長裁判官 高 次 三 吉

裁判官 粕 谷 俊 治

裁判官 谷 水  央

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